●若手医師におけるメンタルヘルス不調
前向き研究の最新論評
Mental Health Problems among Young Doctors:
An Updated Review of Prospective Studies
Reidar Tyssen
Harvard Rev Psychiatry 2002, July39(3), 154-165
http://www.oshdb.jp/review/pdf/r14.pdf
医師の精神的健康状態は、医師自身だけでなく他人にとっても心配事である。
第一に、医師の精神的問題は診断や治療の妨げとなり、患者に弊害をもたらす1。
第二に、精神的問題は卒業したばかりの医師の学習能力や学業成績に深刻な悪影響を及ぼす2。
第三に、医師の精神的問題は仕事のストレスが高すぎる事や、それ故に労働状態を改善する必要があることを示している。3 医師の
精神的問題の予測因子を知っていることが、適切な治療や、個々の予防や、健全な就業環境を確
立する基礎となる。
医師は何事にも打ち負かされない訳ではないことが、最近を代表する2つの全国調査により浮
き彫りにされた。この調査はイギリス4 とフィンランド5 で行われたもので、自己報告による精神
疾患の有病率は、男女どちらも一般集団よりも医師の集団で多いことが分かった。また、うつ病
6 と自殺7 はどちらも医師のほうがより一層多く、特にキャリアの浅い医師に多いことも分かった
8,9。うつ病と不安神経症は薬物乱用の広まりで複雑化する可能性がある10。その上、一番キャリ
アの浅い医師は経験のあるものに比べて深刻なミスを犯すリスクが高いという事実があり11、あ
る人はそれを経験不足に加え、一番キャリアの浅い医師が経験のあるものよりも強い精神的苦痛
を感じていることによるのではないかと推測している。
しかし、精神疾患の有病率を知っていても、若い医師が精神的問題を抱えるのを予防し、適切
な治療するには不十分であり、精神的問題の発生を予測する要因も認識する必要がある。この情
報は前向き縦断研究を通じて集められなくてはならない。不運なことにそのような研究は1970
年代にアメリカで行われた2 つの画期的調査研究を除くとまだ少ない12,13。それらの研究では男
性医師だけを対象にしており、卒後一年目が何年に当たるか(first postgraduate year)を明記し
ていなかった。さらに、最新の調査研究は横断研究であり精神的健康状態への影響を、性格要因
によるものと最近の就労状態の影響から来るその他の個人的要因によるものに、明確に分けるこ
とが出来ない。一般的に、医師の精神的問題が医師でない集団で見られる要因以外により起こる
と考えることは出来ない。医師の精神的健康状態を調べた研究では、医師の集団で特に強く影響
する予測因子を調べるべきであり、それによって医師や雇用主が予防や環境改善する事が出来る
かも知れない。例えば以前の研究1 では、ハードなオンコール勤務による睡眠不足が、卒業した
ばかりの医師における精神的問題の予測因子になることが示唆されている。理想的には予測因子
の包括的研究では、予想される個人的要因(例えば遺伝的・生物学的な要因、社会人口学的要因、
性格要因、外的ストレッサー、就業状況やライフイベントといった状況要因)を含むべきである。
仮説は「人生のこの時期には個人的要因と状況要因のどちらもが、精神的健康と専門家としての
発展のために重要である」14 で、この考え方は人間の発達理論に基づいている15。我々の知る限
りでは、今までにこの全ての要因を含む研究はなかったが、数少ない研究でこの中のいくつかの
要因を調査していた。
従来のデータベース文献検索で、キャリアの浅い時期から医師をフォローしていく前向き研究
を探すのは幾分難しいが、我々はそのような文献を少数見つけることができた。我々は最近20
年間に出版された文献を検討し、臨床的に重要な情報や、予防のために重要な情報を検討した。
検討の際は横断研究の結果も盛り込んだ。スペースの関係と卒業したばかりの医師における前向
き研究が少なかったことから、結果として薬物依存の研究16 は論評していない。この論評では、
臨床上重要な精神的問題をアウトカムとして使っている他の前向き研究の全てを含んでいる。予
想される予測因子に加えて、我々は医師1年目の精神的問題の有病率と、この時期に精神的問題
において何か変化があるかについても興味を持っている。
方法
データベースとしてMedline とPsycLit を使用し、1981 年の1 月より2001 年の5 月までに英
語で出版された前向き研究で該当するものを検索した。 さらに、検索の際は少なくとも6 ヶ月
の観察期間があることと、少なくともサンプルサイズが40 以上であることを含む制限をかけた。
研究課題は卒後何年目に当たるか(in their first postgraduate years of training)で、アメリカ
ではインターンかレジデントか、イギリスとノルウェーでは事前登録のハウスオフィサー、ハウ
スオフィサー、シニアハウスオフィサーである。また精神的問題については、標準化された尺度
により定義された抑うつ症状や、精神的問題のため治療の必要があると認識されている等、臨床
的に妥当性のあるものを要求した。そのため臨床的に妥当性の少ないストレス(仕事に関するプ
レッシャー等)の研究は除外した。
先に述べたように、普通のMedline とPsycLit を使用して研究が我々の目的に適切であると確
認するのは難しかった。例えば検索用語を見出しの「medical profession」と組み合わせると、
「doctor」と「physician」を含む全ての要約が検索された。「mental disorder」と「internship and
residency」を組み合わせると、Medline では210 の参考文献が得られ、その中の10 以下の文献
がインターンとレジデントの問題を論じていた。その大半は卒後の精神科教育に関する内容や、
ケアの専門家としてのレジデントなどが含まれていた。このため、確認されたコホート研究のほ
とんどが文献の参考文献一覧や本の見出しや、以前の論評6 やわれわれの研究を通して見つかっ
たものである17,18。それでも尚、我々は全ての研究を網羅したかを確信していない。
結果
私達の選択基準を満たす前向き研究はたった9 個だった19-27。表1 はそれらの要旨をまとめた
もので、国、回答率、サンプルサイズ、研究デザイン、観察期間、主なアウトカム変量、事例の
有病率、予測因子の概要が示されている。(9 個の研究のうち)4 個がアメリカ合衆国、3 個がイ
ギリス、2 個がノルウェーの研究である。サンプルサイズは40~396 人、観察期間は6 ヶ月~3.5
年だった。以下にそれぞれの研究に短い解説を記載する。表には有病率の他、数で示される情報
が記載されているが、ここでは特定された予測因子を強調して解説する。
Clark らは19 アメリカのメディカルセンターの内科、産科、外科、小児科のインターンに診断
面接を行い、6 ヶ月後に追跡を行った。うつ病の家族歴と高度の神経症的性格は6 ヶ月のインタ
ーン生活の間で抑うつ症状が発症することを予測した。性別、配偶者の有無、精神疾患の既往歴、
ライフイベント、仕事量(知覚的でも客観的でも)は抑うつ症状とは関係が無かった。この研究
の強みは面接をしていることと、いくつかの有効な予測因子を用いていることである。しかし、
サンプルサイズはやや小さく、女性の参加者は少数である。そのため偽陰性(第2 種の過誤)が
考慮から外せない。
Clark の研究では月単位の観察を行っているが、Reuben は20 アメリカの一病院の内科のハウ
スオフィサーを1 年間追跡している。オフィサーは卒後1 年目、2 年目、3 年目の3 群に分けら
れた。精神的問題は卒後6 ヶ月にピークとなり、38%が抑うつ症状を示した。卒後1 年目、2 年
目のICU にローテーションしている者では(有病率が)依然として高かったが、その他では抑う
つ症状の有病率は年を追って徐々に減少した。サンプルでの総合的な有病率(15%)は一般集団
の有病率と近似していた。不運なことにサンプルは比較的小さく、性別による違いの情報は無か
った。
Firth-Cozen21 はイギリスの医学生のコホートを2年間追跡した。医学部4 年生(最後から2 番
目の学年)から追跡を開始し、卒後1 年目の始まりまで追跡した。(研究により)在学中は性別に
よる違いは無いのに、卒後は女性により多く抑うつ症状があることがわかった28。(また)父親が
高齢、自己批判が強い、最近の食事が貧しいといったいくつかの要因の組み合わせが卒後1 年目
の抑うつ症状を予測する最適なモデルであるとした6,28,29。(学生時代の抑うつ症状スコアも、最
近の労働時間も卒後の症状にはあまり関係していないけれども)。男性では学生時代に依存傾向の
点数が高い事が抑うつ症状の予測因子となるが、女性ではそうでなかった28。仕事に関連するス
トレスについては、「オーバーワーク」、「コンサルタント(シニアスペシャリスト)との関係」、
「プライベートの影響」、「意思決定」がジュニアドクターのストレスや抑うつ症状に強く相関し
ている事が分かった21。これに加えて、睡眠不足も抑うつ症状に関係していた。この調査研究の
強みは大きく典型的なサンプルを長期間観察したことである。しかしながらいくつかの予測因子
を用いているが、ベースラインの時点で総合的な性格検査が行われていない。
Girard らは22 アメリカの内科レジデントの2 クラスを対象に縦断研究を行った。2-3 ヶ月ごと
の観察をトレーニング期間である3 年間に渡って続けた。不安と抑うつ症状は最初の1 年間に最
も顕著にみられたが徐々に減っていき、その後は少ないままであった。最初の年には認識能力と
充足感のレベルが徐々に上がっていった。この調査研究ではかなりの長期間に渡って同じコホー
トを追跡し、様々な観察を行っているがサンプルサイズが小さいのが弱みである。不安や抑うつ
症状を計測する方法の精神測定特性は不明確である(なぜならその方法は過去に一つの研究でし
か使われたことがない)。著者は性別による影響について述べていない。
Baldwin らは23 スウェーデンの大学クラスの典型的なコホートを研究した。参加者は開始の1-2
年前にインタビューを受け、卒後2 年目から3 年目まで追跡された(その間の職位はシニアハウ
スオフィサーであった)。女性は重症うつ尺度でより症状が多かった。追跡調査では「打ちのめさ
れた感覚」 が多い事がわかった。打ちのめされた感覚は、一方では物理的な仕事関連因子(緊
急入院の数、病棟での死者数、やらなければならない単調な仕事の数)に関係し、他方ではそれ
は不安やうつの症状であると考えられた30。研究では労働時間と精神症状に重要な関係が無いこ
とも分かった。それでもなお、この論文で前向き研究を使用したこととその有用性については幾
分不明瞭であった。
Williams らは24 ロンドンにある27 カ所の病院で、救急部門のシニアハウスオフィサーを追跡
した。研究では仕事関連のストレッサーが心理的苦痛(mental distress)にどのように影響を
及ぼすかを、6 ヶ月に渡り4 時点で調査した。興味深いのは心理的苦痛がMHI とGHQ に由来す
る質問により調査されたことであった。自信の点数は行っている臨床的・実務的仕事の程度によ
り決められており、追跡調査では自信の点数の伸びの悪さが、強い心理的苦痛の発生に関係して
いた。仕事関連の要因で心理的苦痛に関連したのは、コミュニケーション困難(要求の多い患者、
攻撃的な患者、小児患者)、仕事量の多さ、患者を入院させて良いかはっきりしない事、退院や紹
介時の問題であった。個人的な悩みやストレスフルなライフイベントはほとんど重要性がなかっ
た。性別の影響は報告されていない。この研究の強みは様々な仕事関連のストレス要因に広くオ
ープンに取り上げた事である。しかし、多変量解析により徹底的に交絡要因をコントロールして
いないし、因果関係の方向性を確認するためには追加の追跡期間が必要である。
アメリカの大規模縦断研究はHainer とPalesch によるもので25、南カリフォルニアの家庭医
学レジデントを2.5 年に渡り追跡したものである。調査にふさわしいレジデントの数は代表的で
あるにも関わらず、縦断的に追う事ができた者の割合が、一般化の可能性を確定的にするには少
なすぎた。精神的調査を2回行うことができたのはたったの27-28%で、3 回行うことが出来たの
はたったの7-8%だった(回答率はアウトカムの尺度で多少違ってくる)。アウトカムスコアの反
復測定分析では年齢や性別、人種、卒後年数、トレーニングを受けている場所は(予測因子とし
て)重要な意味を持たなかった。単変量解析ではキャリア選択に確信がないことや、不幸な幼少
時代を過ごしたことと、調査票のスコア高値との間に顕著な関係が認められた。しかしながら、
恐らく調査中の脱落者が多くサンプルサイズが小さくなったためと思われるが、多変量解析は行
われていない。1 回以上調査を受けたレジデントの割合が少ないことがこの調査の一番の限界点
である。
我々の縦断研究ではノルウェー全国の医科大学卒業生のコホートを調査した。この調査研究で
はインターンシップの終了時点である1 年後に追跡調査を行い26,31、シニアハウスレジデントま
たはシニアハウスオフィサーとなったベースラインの3.5 年後に再び追跡調査を行った27(ノル
ウェーでは専門性のトレーニングがインターンシップの後、4-5 年かけて行われる)。インターン
シップの間、我々はMHPT(治療が必要な精神的問題)26 と、自殺念慮31 という2つの独立した
変数を調査した。インターンシップの間に助けを必要とすると考えられた人の中で、インターン
シップの終了時には54%がまだ専門家の助けを必要ではないと考えていた。大学在学中に調査し
た因子の中で、インターンシップ中のMHPT を最も的確に予測する因子は、以前のMHPT、神
経症傾向、パートナーがいない、結婚していないであった。インターンシップの間、ネガティブ
なライフイベント(特にパートナーとの関係を解消した事)や最近の仕事のストレス(感情的プ
レッシャーや患者の要求)も調整されたモデルでMHPT に関係していた。長時間勤務もオンコー
ルシフトの間の睡眠不足もMHPT には関係がなかった。インターンシップの間の自殺念慮に関し
ては、「以前(医学生時代)に自殺念慮あり」と「神経症傾向」が独立した予測因子であった。さ
らに未婚、仕事の妨害や時間的プレッシャー、週に少しの時間しか働かないといった仕事関連の
因子も自殺念慮に関係していた。しかしこれらの変数の影響力は不安や抑うつ症状といった心理
的不安によって調整されてしまう。性別はMHPT には影響しなかった。この調査研究の強みはサ
ンプルサイズが壮大で代表的であることと、沢山の予測因子を用いて多変量解析を行っているこ
とである。しかしながら58%しか最初の追跡が出来ておらず、他にもアウトカム指標として一つ
のものを用いているので、解答の信頼性が低くなっている。
オリジナルコホートの3 回目の調査研究で27、我々は卒後4 年目のMHPT を予測する医学生
時代の因子を分析した。(この時点では)3 分の2 がシニアハウスオフィサーで、4 分の1 が病院
外で家庭医学のトレーニングを受けていた。残りは研究生になっていたり、管理部門のトレーニ
ングを受けていたり、仕事を辞めていた。前年1年間でMHPT の有病率は11%から17%に上昇
しており、性差はなかった。助けを必要とすると判断された人の中で、実際には58%が専門家の
助けを必要としないと考えていた。MHPT の予測因子モデルで最良のものは、医学生時代にスト
レスがあると判断されたこと、外向性、甘い考えをもっていることであった。リスクのある生徒
個人の予想はできなかった。(最良の陽性的中率は0.40 であった)。医学生時代にストレスがある
と判断されたこと(percived medical school stress)は高い感度をもつ予測因子なので、グルー
プ指向の介入に適したサブグループを決定するのに有用である。この研究の強みは長期間に渡り
国全体に及ぶ大きなサンプルを追跡している点で、これにより総合的な予測因子モデルを作成す
るのを可能となっている。しかし、ベースラインの時点で参加者全員の性格や対処方法(coping)
を測定していないため、それらの因子の予測影響は誇張されている可能性がある。
前向き研究から得られた結果の要旨
3 つの研究19-21 で抑うつ症状は卒後1 年目で最も多いとされた(おおよそ回答者の30%):1
つの研究23では卒後2-3年目まで高レベルの心理的苦痛が続くとされた。しかし2 つの研究25,26
ではトレーニングを通じて苦痛は減っていくとされた:1 つの研究27 では卒後1 年目以後も心理
的苦痛は増えるとされた。それゆえ、見解は卒後の早い時期により多くの困難があるという方向
に傾いている様に見えるが、卒後のトレーニング期間に治療が必要と判断される人が増えるのか、
減るのか、変わらないのかについての結論は一致していない。加えて、いくつかの研究21,23 では
女性のほうが男性より抑うつ症状を呈しやすいとされるが、他19,26,27 では否定的である。
個人的な予測因子に関しては、3 つの研究19,21,25 が精神科疾患家族歴19、父が高齢21 であるこ
と、不幸な幼少時代25 との関連性を指摘している。さらに、5 つの研究19,21,26,27,31 で神経症傾向
や自己批判的な性格特性が来るべき問題の予測因子になると指摘している。3 つの大規模研究
24,26,27 では情緒障害の既往が現在の障害を予測するとしている(2つの研究19,21 ではそれを示す
ことができていないが)。それゆえ、結論は一致していないが、以前の精神的健康は重要であるよ
うだ。1 つの研究27 では対処方法を調査しており、そのなかでも甘い考えで対処することが最も
重要な予測因子であるとした。結局は性格特性のような想定しうる徴候が、個人的な予測因子を
裏付けている。しかし、性格特性のスクリーニング特性を調べたたった1 つの研究27 では、卒後
に精神的問題を抱えるリスクは学生時代には予測出来ないとされた。
背景因子にも留意すると、5 つの研究21,24,26,30,31 でオーバーロードや要求の多い患者による感情
的プレッシャー、時間的プレッシャーといった仕事に関連するストレスが精神的問題に関連する
とされた。しかし、これらは現在の要因なので未来を予測する真の因子とはいえない。にもかか
わらず、1 つの研究27 では医学生時代にストレスを受けたことが、大体4 年後の精神的問題を予
測するとしている。1 つの研究20 ではICU ローテーションのレジデントがより悩みをかかえてい
るとし、他の研究では救急部門にいるハウスオフィサーで、多くの悩みを抱えていることに関連
して自信の点数の増加が少ないとしているものの、4 つの研究21,26,30,31 で長時間労働は重要な因
子ではないとしている。
仕事以外のストレスについては2 つの大規模研究26,31 があり、2 つの他の研究19,24 では個人的
ライフストレスはほとんど、あるいは全く影響が無いとしたのにも関わらず、パートナーが居な
いこととネガティブなライフイベントがあることが、適合モデルで精神的問題の予測因子になる
とされた。結論は一致しないが、仕事外のストレスはある程度重要であるようだ。
考察
確認されたどの前向き研究も、結果の内的・外的妥当性が低減するという弱点を持っている。
ほとんどの研究で入手可能なサンプルが用いられており、それらのサンプルが卒後の医師の集団
を代表するものであるかどうかは不明確である。調査はアメリカとヨーロッパで行われており、
いくつかの研究の間で共通した結果は、より一般的な傾向を示すかも知れない。しかし、発展途
上国での研究はなく、一般集団と対応させた対象比較研究も不足している。薬物依存(感情障害
と同時に起こることが多い)に関する研究を含んでいないので、何か重要な予測因子を見落とし
ている可能性がある。メンタルヘルスに対し、理論上影響をもつような変数を広く含んでいる研
究は非常にわずかしかない。論評されたたった2 つの研究27,29 だけが、1 年以上の観察期間を設
けており、ベースラインの予測因子を多変量解析で分析している。全ての研究で性格要因を測定
し、調整している訳ではないので、自信や仕事に関連する要因のような因子が実際より大きく見
積もられている可能性がある。精神疾患を評価するのに構造化診断面接が用いられている研究は
たった1 つであるが、この研究の結果は(他の)調査の結果とかなり似通っていた20,21。相対的
にこれらの研究から得られた知識は、予備知識として考えるべきである。前向き研究はこれまで
のところアメリカ、イギリス、スイス、フィンランド、ノルウェーの若い医師に行われており、
まだ解決していない質問に答えたのかも知れない。今日までに行われた前向き研究の結果は限定
的であり、時に一致しないので、断面研究でも関係を論じなくてはならない。
精神的問題の有病率
この論評で推測される抑うつ症状の有病率は1800 人のインターンとレジデントの横断研究8
の結果(卒後1年目のCESDS で判定された抑うつ症状のピークが31%)とよく一致している。
また、相対的な有病率が一般人口よりも高いことが確認された。しかし、卒後4年目に17%が
MHPT(治療が必要な精神的問題をもつ)であるという結果27 は、一般人口の精神疾患にかかっ
ている人や治療が必要な人を調査した結果32,33 とよく一致した。これらの結果から、ある人は一
般人口と比べて、卒後の医師は高い抑うつ症状スコアを示すが、治療が必要な精神的問題の有病
率は一般人口と同じであると推測するかも知れない。しかし症状スコアは精神疾患を検証するに
は関係の無いストレスを反映するかも知れない18。そのため、卒後医師とマッチングさせた一般
集団で同じ診断面接を行って比較研究する必要がある。感情面に問題がある若い医師が助けを求
めないという結果26,27 は他の横断研究34 とも一致しており、なぜ専門家のケアを求めないのかも
探求するべきである。
個人的予測因子
年齢とトレーニングのレベル
利用可能な事実が、感情障害は救急部門の年が終了すると減少すると示している。
Firth-Cozen のコホート35 では卒後8年目でも低いままであった。2 つの研究22,24 に示唆され
るように、この結果は研修初期の感情的問題は技術と自信の欠如に起因する事を示しているの
かもしれない。しかし横断研究36,37 では、もっと年をとり、経験もある医師の間で精神的問題
が多く見られているため、この問題はさらなる調査を要する。
性別
2 つの研究21,23 で男性卒業生より女性卒業生で抑うつ症状が多いという結果だった。北アメ
リカにこの点に着目した横断研究8,38 のデータがあり注目に値する。さらにノルウェーのコホー
トでの性差の欠如は、年を取った医師で見られる結果と対照的である(平均年齢31 歳と43 歳)
17,39。年を取った医師の間では女性でより多くの抑うつ症状が見られた。これは何年にも渡って
女性医師に仕事と生活ストレスの悪影響がある事を示しており、ストレスフルなライフイベン
トにより抑うつ症状が引き起こされるリスクが、男性より女性で高いことに一致する40。
家族的背景と精神疾患既往歴
不幸な幼少時代と温かい家庭の中であっても早期の気質要因(early dispositional factor)が
悪影響を及ぼすことは、2 つの縦断研究12,13 の結果と一致している。これらの研究では性格特
性を調整していないので、そのような家族や子供の頃の要因の影響が、性格要因を取りなすか
どうか分からない。早期の障害が問題発生を裏付ける予測因子となるという結果は、他のライ
フストレス調査41 の結果と一致する。それらの研究の中の1 つ19 では、(調整されたモデルで
サンプルが小さいものだが)抑うつ症状の既往は精神的問題の発生に影響しないとしている。
しかし、これは偽陰性の結果であると考えられる。感情障害が安定していることが臨床的に重
要であることは、医学生時代に自殺念慮のあった人ではそれがなかった人に比べ、インターン
シップの期間に、より重大な自殺念慮を持つ危険性が21 倍であるという我々の研究結果によっ
て強調されている31。
性格要因
自己批判傾向が抑うつ症状の強力な予測因子となるという結果が、特に男性医師で顕著だが、
医師のキャリアの中でもっと後期まで追跡した研究結果13,35 や代表的な横断研究17 の結果と一
致した。一般集団では神経症傾向は悩み(distress)だけでなく抑うつ症状にも関係した42。そ
して能力を低く認識することが関係するという現在の結果22,24 は、この性格傾向とも関係する
のかも知れない。高レベルの外向性も調整された予測因子のままであるが、これは追跡研究の
際に回答率が高かった事によるアーチファクトである可能性がある27。言葉を変えれば、外向
的な人は調査のなかでより積極的に答えがちで、そのためにより一層治療が必要であると表現
したのかも知れない。医師が他の学者集団にみられるのと違った性格傾向を持つのかどうかは
明らかではない。しかしVaillant らの研究結果13 は、少なくとも男性医師では性格傾向に違い
があるという見解を支持するものであった。ある以前の研究43 によると、男性医学生は一般集
団よりも一般的な自尊心が低い傾向にあった。しかし別の研究44 ではアメリカの卒後ドクター
は一般人口に比べて好ましい性格傾向(例えば深い知的好奇心を持っている、強い熱意を持っ
ている等)があるという結果であった。追加の比較研究では、医師になる人は他の学術的集団
に比べてより脆弱なのかどうかや、そのような性格傾向を持つ人にとって、医師の仕事が特に
ストレスフルなのかどうかを明確にする必要がある。
対処方法
甘い考え方での対処は、例え研究者が性格要因のために調整しても、精神的問題の予測因子
であった。そしてこの結果は、対処方法が必ずしも性格傾向と独立する必要はないという研究
結果と一致する45。さらに、甘い考え方は感情に焦点を当てた対処方法の諸形態に属し、ミス
があったときにやり方を変えるのに積極的でないことに関係しており46、医師には特に有害と
考えられる。感情に焦点をあてた対処法は逃避や回避行動に関係し、問題に焦点をあてた対処
法は言うまでもなく、忙しい病院で専門的仕事を行うのに有益である46。しかし対処方法のも
つ役割についてより多くの研究が必要である。それは何故かというと、医師の間で行われたそ
のような研究の数は非常に少ないからであり、対処方法は教育や治療によって変えることが出
来るからである。
背景要因
医療職であること、仕事のストレス、職場環境に関する要因
ある研究27 では学生時代にストレスがあると見なされたことは予測因子としてふさわしいと
し、卒後4 年目までの間に性格特性(現実的弱さ、これは現実と空想の境界線の認識を含む47)
の精神健康面への影響は部分的に調節されるとした。以前は学生時代にストレスがあると見な
されたことが、現在不安や抑うつ症状があることを推し量る基準として国を越えて有効とされ
た43,48。この基準の重要性は恐らく心理的苦痛や性格傾向に関係することに加えて、この基準
が医学生の背景に特異的なストレスの経験をとらえていることであると思われる。さらに、こ
れにより恐れ(医学部は冷たく恐ろしい所だ)を調べることが出来、他の研究49 ではストレス
フルなライフイベント(例えば卒後トレーニングのような)で経験された背景的恐怖の程度が、
そのうつを生じやすい(depressogenic)影響を決定することを明らかにしている。
ICU ローテートに関連して高いレベルの心理的苦痛があることは、労働環境が重要であるこ
とを示唆している20。加えて能力を受け入れる技術に欠けることは感情障害の発生と関係して
おり、実際に救急部門の卒後医師でみられた24。横断研究のデータ50 では救急部門のレジデン
ト生活で、通年に渡り同じレベルの抑うつ症状がみられた。これらの結果の臨床的重要性は、
救急部門でトレーニングを受けている間に薬物依存51 や交通事故52 のリスクが高いことからも
裏付けられている。3 つの研究26,30,31 では示すことが出来なかったが、たった一つの研究21 で
は睡眠不足が感情障害と関係があるとしている。しかしながら、卒後医師の睡眠不足は頻繁に
調べられており、いくつかの研究1,53 では睡眠不足が疲れや感情障害と関係するとしている。ノ
ルウェーの若い医師の労働時間とオンコールはここ20 年間で引き下げられたため、労働時間が
予測因子であるということを、このコホートでは示せなかったのかも知れない。他の理由とし
ては、論説はより直接的に睡眠不足と関係する疲労ではなく、精神的問題をアウトカムとして
着目していることが考えられる。慢性的な極度の疲労と抑うつ症状の重なりが問題を複雑にし
ており、これもさらに研究されるべきである。睡眠不足は仕事上で感情も認識も妨げて1,53 重大
なミスを引き起こす。これは1984 年にニューヨークでおきた致命的なLibby Zion のケース(そ
の後ニューヨーク州ではレジデントトレーニングが変わった)で劇的に注目された54。
予測因子として労働時間を含む4つの研究21,26,30,31 で、長時間労働と感情障害の関係性を示
すものはひとつもなかった。他の研究55 でも労働者の精神障害と長時間労働との間に明らかな
関係性を示すことが出来なかった。逆に、仕事のストレスや自立性の欠如といった、受け止め
られた(perceived)労働環境は精神的問題に関係するようである45,55。
若い医師は、どんな種類の受け止められた仕事に関係するストレスに耐え難いのだろうか?
論評された研究ではオーバーワークと感じたり、例えばICU のように高度な集中力を要したり、
緊急性があると感じる事が指摘されている。オーバーワークのストレスへの影響は若い医師を
対象とした他の研究34,56 の結果と一致する。さらに、時間的プレッシャーや仕事を妨害される
ことの重要性はKarasek の仕事の要求度・コントロールモデル55(要求が高くコントロール度
が低いことが精神疾患の病因となる)に部分的に一致する。我々の知識では、これが労働環境
により精神的健康状態に与えられる予測的影響を実証しているただ一つの研究であり、このモ
デルはアメリカの中期キャリアの医師の間で実証されている3。若手医師の間では中堅医師に比
べて自律性が低いことも既に分かっている37,57。しかし、このモデルの研究では卒後の医師に
焦点を当てていない。治療困難で重篤な患者を治療しているときに起こる「感情の排出」とい
う最近の所見は、燃え尽き症候群の概念と一致し58、医師を対象とした他の研究でも認められ
ている36。若い医師での燃え尽き症候群の有病率はさらに調査される必要がある。Firth-Cozen
の研究21 では、卒後1年目の医師ではコンサルタントや他の上級医師との関係が、ストレスや
抑うつ症状と大いに関係するとされた。これはシニアスタッフからのサポートが不十分である
ことと、若いドクターの要求が大部分満たされていないことのレポートを寄せ集めたものであ
る56,59。論評された研究のどれもが予測因子の中の性差を示していないが、いくつかの他の研
究60-62 では、女性医師がキャリアと家族生活の間の葛藤や、セクシャルハラスメントから生じ
るより多くの問題や、患者からの偏見や、同性のロールモデルの欠如により悩むとしている。
職業に関連したストレス要因の研究では、想定される性差による影響を調整するべきである。
他の研究63,64 では、敏感な性格特性や仕事に関係のない要因に原因する精神的苦痛を通じて
調整される、医師の困難な労働環境への認識を示しながらエビデンスを示している。仕事の重
要性を調査する研究の最大の問題点は、性格特性と以前の問題を調整していないことである。
我々の研究26 ではインターンの間に経験された仕事のストレスレベル(感情的プレッシャーや
要求の多い患者)は性格特性を調整しても重要であり、認識されたストレスは性格特性とは独
立しており、それゆえそれらのストレスの重要性は実際より小さく見積もられた。
仕事以外のストレス
論評された2 つの研究26,31 で、ネガティブなライフイベント(特に離婚やパートナーの問題)
が、学生でもインターンでも、独立して自殺念慮と精神的健康問題に関連しているとされた。
これは性格特性を調整しても変わらなかった。このようなライフストレスが医師に良くない影
響を与えることは、最近行われた2 つの大きな調整された横断研究65,66 でも認められた。仕事
と家庭のバランスを上手く取る難しさが医師のキャリア選択を決め、パートタイムで働く事に
対する視点に影響するという証拠が増えてきている67。しかしながら、若い医師でライフイベ
ントの影響を調べた研究はほとんどない。
臨床的・教育的・職業的な意味合い
インターンシップとレジデント制は医師のキャリアの中でも最もストレスフルであるとされる。
これには勉強と患者のケアの両方にマイナス影響を及ぼす。臨床的に何の責任もない学生から臨
床的に明らかに責任のある(とくにオンコールの時には)インターンやレジデントに移り変わる
ことは、ほとんどの研修医にとって最もストレスフルな出来事である。インターンシップでは外
科や内科は強制的に回らなければならないので、ある若い医師がその科を絶対に選ばないと決め
ているときには、余計にストレスフルな状況となる。学生から医師になる劇的な変化は、他のス
トレスフルなライフイベントと平行して起こることがある。例えば友達や家族とはなれたり、初
めて一人暮らしをしたり、人間関係が変わったり、親になって仕事に加え家でも親としての仕事
をしなければならなくなったりということである。要するにこれらの同時に起こるライフイベン
トが極めて自然に精神疾患になりやすい研修医に変えてしまう。この変化の時期は女性医師にと
ってより一層ストレスフルで、彼女たちはサポートの少ない職場を経験するかも知れない。重要
な勉強期間に適切な精神的健康を保障することはそれゆえ非常に大切である。
同時に、精神的問題の有病率が高く、治療を求める率が低いことは、医学生と若い医師のため
に敷居の低いメンタルヘルスサービスが必要であることを際だたせている。個人のリスクを予想
することが不可能なので、これらのサービスはトレーニング期間を通じて一定して提供されるべ
きである。さらに治療をする医師は、重要なストレッサーは職場以外の状況から来ているという
ことを覚えておかなくてはならない。アメリカの大規模研究68 は、若い医師で感情障害をおこし
たものの予後は比較的良好で、80%が医業を続けているというエビデンスを出している。
ストレスフルな職種であることに加えて、多くの医師が神経症的であったり、依存的であった
り、自己批判型であったり、自尊心が低かったり、ナルシストだったり、強迫的といった性格特
性のため脆弱であるかもしれない。このような性格傾向は心理療法により変えることが可能で、
心理療法では耐用能力を上げることや、不完全さを感じた時や、賛成が得られないとき、無力さ
を感じたとき、絶望を感じたときにそれをコントロールすることに焦点をあてる。敏感な性格の
悪い点はストレスマネージメントテクニックによっても改善される。対処方法は変わりやすいの
で、甘い考えやアルコールの摂取のような効率的でない対処方法が予防的介入のターゲットとさ
れるべきである。しかし、そのような介入の影響をみるため対照試験が必要である。
脆弱性の要因として、客観的な就業環境よりも性格特性が重要視されるが、我々が仕事のスト
レスとインターンの自殺念慮との関係性や、仕事のストレスとインターンのメンタルヘルスとの
間の関係性を発見したこと、そしてそれは性格特性や精神疾患の既往歴で調整しても同様であっ
たことを言及しておく。これは雇用主が若い医師がどのように自らの就労環境に悩んでいるかに
敏感にならなければならないことを示している。病院や仕事場では充分な指示・監督が保障され
るべきであり、若い医師が臨床的な知識を増やすと共に、良好なコミュニケーションスキルを学
ぶことを助ける様な風土であるべきである。そのような因子が精神的健康にどのような影響を与
えるかも将来的に研究されるべきである。職場の同僚で自助グループを作ることや、シニアレジ
デントがジュニアレジデントの助言者となることや、職場外との適切な交流等、色々な形の社会
的サポートを利用することは、若い医師が仕事や生活でのストレッサーをうまく処理するのを助
けるのに、非常に大切である。
結論として、若い医師は比較的高いレベルの抑うつ症状を示す職業のグループに属し、そのよ
うな問題には個人的な要因と背景的要因の両方が影響するようである。これは医師が適切に患者
をケアする為には、医師にもサポートが必要であることを示唆している。そのようなサポートは
職場環境や良質の臨床能力を育てること、仲間同士の社会的サポート、ストレス対処能力の向上
といった教育システムを含み、敷居の低い精神科サービスを用意することである。医師のグルー
プが他の職業のグループよりも脆弱な性格特性があるのか、また医療が他の脆弱な人にとって特
にストレスフルな仕事であるのかは、まだ分かっていない。
卒後1年目を過ぎてからのそのよう
な要因の相対的重要性は、まだ明確でない;学生や若い医師がよりよいストレスマネジメント技
法を学ぶ事の影響もまだ分からない。われわれは将来の研究でこれらの疑問に答えが与えられる
ことに期待する。
表1.若手医師に於けるメンタルヘルス不全の前向き研究
2007年3月11日日曜日
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